成功したものはすべからく努力しておる!らしいぞ!!

学生時代、授業をよく聞いて丁寧にノートを作っている真面目な子ってクラスに一人くらいはいましたよね。しかもそういう子って、ほとんどテストの点数もいい。僕は、やっぱり日々の授業をキッチリと受けることって大事なんだなあ~、だなんて思い、ポケーっと授業を受けていました。

 

まあ、勉強だけに限らず、趣味、スポーツ、仕事など、何かに取り組む時って、取り組む姿勢がすごい重要に思えてならないんですよね(当たり前のことかも...)。

 

特に僕は中学生の時、やる気、姿勢、心構えが小さいせいで辛い思いをすることとなりました。と、いうことで今回は、心の姿勢と時間についてのお話をしていこうと思います。もしよかったら付き合ってやってくださいね!

 

僕は中学生時代、バレーボール部に所属していました。部に入った理由は人数が足りないから、バレー部に入ってくれ!と仲の良い友達に誘われたからでした。

 

もともと、スポーツは得意ではない上に、やるんならユルい感じの運動部に入りたかった僕でしたが、特に深く考えもせずに二つ返事で了承し、部に入ることとなるのでした。だが、この選択がのちに3年生まで及ぶ後悔に繋がることを僕は知らなかった。

 

僕の中学のバレー部は、結構頑張る系の運動部だったのです。部の顧問だけでなくコーチも付き、ぬるい態度で練習をやろうものなら、コーチが怒って練習を中止してしまうこともあるような、割と厳しめ(もっと厳しそう監督も見たことはあるけれど)な部活だったのです。

 

なくなんとなくで入部し、ましてや運動神経も悪いし、バレーに対する強い憧れもなかった僕は、見事にギャップを感じてしまい、ひよってしまったのでした。

 

入部してから3,4か月は特に怒られることもなく、優しかった先輩方(先輩方はみんな優しい人ばかりでした、これはマジ!)もいたので、なんとなく部活をやり続けていましたが、8月ごろ、ちょうど部の中心が3年から2年へと移るときくらいから僕は段々と「頑張る気持ち」が、薄れていったのです。

 

その理由は、周囲との意識の違いや、集団生活になれていないが故のミスが重なったことによる、自信の喪失とミスに対する恐れでした。

 

バレーボールは試合中にタイムを取ることができるのですが、控え選手はタイム中に試合に出ている選手に水を渡したり、靴底についた汚れを取るための「粘着シート付足場」を移動させたり、コートにモップをかけて汗やほこりを除去するといった仕事があったのです。

 

当然厳しい部活ですから、「控え選手の仕事」でも手を抜いてやろうものならキッチリと叱られます。当時1年生だった僕は、運動部特有の雰囲気に吞まれ、「あ~モップかけなきゃ、あ~~でも飲み物も出さなきゃ~~どうしよ~!!」と完全にテンパってしまっていたため、よく他の控えの子に仕事を奪われたりしていました。あたふたしていたせいで先輩に邪魔だ!とモップの柄で「飛天御剣流、飛龍閃」を喰らった記憶があります。タイムの時間は短いので、モップ駆けが間に合わなかったら困りますからね!

 

 

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飛天御剣流 飛龍閃 イメージ画

 

また、練習中にとある事故で先輩を支柱に激突させて、練習は中断、お通夜みたいな空気にさせたこともありました。とにかく僕は不器用だったんですね(何も考えずにやってたせいだろ!!)。

 

そんなこともあり、僕は練習中にプレイ中のミスのみならず、コート内外問わずミスを連発する問題児でした。先生に何度も注意されましたし、同期の子にもキレられたことも数回ありましたね。

 

そういう状況が1年ほど続き、もともと怒られることが嫌いだった僕は、ミスをすることを極端に恐れるようになりました。

 

ミスを恐れるようになった人がやることは二つあります。

一つ目は、逃げずに、積極的に練習をすることで上達し、ミスの回数を減らすこと。

二つ目は、逃げて、練習へ積極的に参加しようとせず、プレイする数を減らしてミスの回数を減らすことです。

 

僕はここで後者を選んでしまったのです。理由は二つ。バレーに対する興味ややる気がなかったことと、経験者の上手い後輩が入部してきたことです。ほとんどの人なら、後輩にレギュラーを取られようものなら、悔しくてたまらないでしょう。

 

でも、僕は違ったのです。「レギュラーになる=練習量が増える=怒られるのでは!?」といった思考回路になってしまっていたせいで、残念な気持ちがありながらも、安心感も感じており、「まあ、そんな風に考えてしまっている時点で、非スタメンなのは当たり前だよな!」と考えていました。

 

ただ、そんな気持ちで部活をやっていても当然楽しくありません。特にモチベもなく(レギュラーになる気はほとんどなかった)、先生に怒られるのを怖がり、同期の子から威嚇(授業中に内ももをよくつねられてました泣。まあ、内心僕の気持ちをわかっていたのかも)されたこともあり、正直続ける意味ねえなぁ...やめてぇなあ...と、思うまま、部活を続けることとなったのであります。

 

結局、非スタメンのまま3年生の夏の大会まで続け、同期のみんなと一緒に引退をしました。3年間週6日で練習をしていたにも関わらず、たいしてうまくもならずに引退をしてしまいました。

 

辛いことに、高校のスポーツ大会でバレーボールをした時に、野球部の素人からガンガンスパイクを決められて、「こいつ本当に経験者か...?」とクラスメイトに疑いの目を向けられたのは、今では思い出です(いい思い出ではないけどね!)。

 

最初の話に戻りますと、やっぱり、何かを成すためには、それ相応の心構えや興味を持って挑むことが大事だと思うのです。僕で言えば、もっとyoutubeなんかで上手い人の動画を見ることで「興味」が沸いて、ミスをすることの恐怖よりも、カッコいいプレイへのあこがれが勝り、レギュラーになれずともいい結果を残せていたのかもしれません。

 

スポーツの世界は、努力した時間が長い人間すべてが上達するわけではなかったのです。きっとやる気をもって努力をした人間の方が、嫌々ながら努力した人間よりも良い結果を残せるのだ。と思うようになりました。

 

はじめの一歩の名言にこんなのありましたよね。

面白い人発表会

毎度思うのだが、このブログで書いていることは、ほとんど僕の過去の出来事である。エピソードトークばっかりになってしまって申し訳ない。でも、過去の出来事を振り返って書く方が、自分の展望や現状を書くより精神的にぐっと楽であり、書きやすいのです。

 

と、いうわけで今回も僕の思い出話を語っていこうと思う。

 

僕が小学5年生の時のことである。確か道徳か学活の授業時間だった。

 

僕の人生上最も性格の悪い発表会があった。

 

それは、クラスの中で面白いと思う人を挙手して発表する。といったものであった。意味が分からん、これを考えた奴はバカか!?やる意味が全く分からないです。やるメリットがほとんどないでしょう。もし考えた先生がいたのなら解雇されていることを願います。

 

当然、最初に発表されるのはクラスの人気物の野球少年だった。まあ、当然でしょうね。いかにも選ばれるでしょうねって感じの人でした。実際明るくて嫌みのない、「シンプルな良いやつ」って子でした。これは僕も同意した記憶がある、君がナンバーワンだ。

 

余談だが、小6の時に僕は転校してしまったので当時のクラスメイトと離れることになった。しかし、偶然、野球少年と高校が同じで再開したのだ。彼は僕のことを覚えてくれてて気さくに挨拶してくれた(もともと特別仲が良かったわけではない)。いい男である。でも高校の時にトイレでデカい声で歌ってたのは覚えてる。トイレで爆音で歌うのはやめてくれ~、小便の出が悪くなってしまう。

 

ということで、まず一人目に選ばれたのは野球少年であった。

 

次に選ばれたのは、クラスのお調子者の男子だった。ちなみにその子も野球クラブに所属していました。なんていうか、小学生の時は、野球部所属者のカーストって大体上位でってイメージですよね。僕はそのお調子者の子、好きでした。僕が転校するときに、僕に向けたメッセージをビデオで撮影しDVDにしてくれたのですけど、中には僕に中指を立てたり、いかにもどうでもよさそうな雰囲気で「がんばってね~~~」みたいにコメントするような人が数人見受けられる中で、そのお調子者の子は照れくさそうに「エヘヘ...気を付けてね~」ってコメントしてくれました(めちゃめちゃいい笑顔だった)。だから好き。人の悪口とか絶対言わなかったし!!

 

そして次に選ばれたのは、ヤンチャっぽいサッカー部の男の子でした。運動神経はいいし、クラスのお楽しみ会で行われたお笑い大会では優勝してたし(ちなみにコンビで出場、相方は僕でした。イエーイ)、なんていうか自信にもあふれており、発言も多い、クラスの地味な子からは怖がられる(僕もちょっと怖がってた)けど、そんなに悪い人じゃないって感じの子でした。まあ、人気者でしたね。サッカーは本当に上手かったらしく、中高で他県の学校からお呼びがかかったほどらしいですよ。普通にすごいよ...。

 

その後も2人ほどクラスで発言の多い子たちが発表されていました。ただ、中には無理やり発表させてんだろって人もいましたけどね。ただ声と態度のデカいお調子者の子とかね。お前は情けで発表してもらえてるんだろってツッコみたかったです。

 

だが、その後僕にとっては衝撃的な人物の名前が挙げられたのです。それは僕です。ちなみに、発表してくれたのは僕がよく漫画「ケシカスくん」を借りていた男の子でした。たしかにクラスのお笑い大会に出場したりはしたものの、クラスの中じゃ地味めな僕が発表されたことに驚きでした。それ以上にメチャクチャうれしかったです(ほんとに手上げてくれてありがとう!!)。

 

それ以降、僕の中で、人を楽しませること、ユーモアのあることは素晴らしいことだ、といった考えが生まれました。今思えば僕が中学で漫画家を目指したり、こうやってブログを書いたりするといった創作行為に興味を持たせてくれたのは彼である気がしてならない。まあ、漫画家の夢はあきらめましたけどね。

 

そんなこともありつつ、地獄の発表会は終わりました。あーよかった。二度とやらないでください。

 

なんで今になってこんな話をしたのかというと、今月末、その「僕を面白いといってくれた子」に10年ぶりに会うからです。僕の中学生の時の友人と大学が同じでインスタでフォローが来て、折角だし飲もうや!とのお誘いが来ました。嬉しい!!

 

彼から誘いが来た時、大学生活がうまくいかず、自信を喪失し、ぽっきり折れた僕の心の大樹がふたたび枝を伸ばすような、そんな感じがしたのだ。久々に笑かしたるからな!そう、思った。

 

ただ、あの発表会、あれだけは許さん。発表されなかった人たちがまるで「面白くない人」たちみたいになってしまうじゃないか。おまけに虐めっ子に目をつけられてた僕はあのあと「調子に乗んなよ?」とか言われてヤな気分にさせられたのだ。せっかく人が褒められてウキウキしていたってのに。

 

書いているうちに、自分が怨みの深いような人に思えて嫌になってきました。と、いうわけで寝ます。今回もありがとうございました。

ナメられ人生

昔あったイヤーな出来事を思い出して、布団の上で悶えたり、イライラが沸々と湧き上がってきた経験がある人、いらっしゃるのではなかろうか。あの時に沸いた怒りはどこにぶつけりゃいいのか迷いますよね。

 

そういうとき、僕は気晴らしに音楽を聴いたり、ゲームしたり散歩したりしてイライラを紛らわすのですが、今回は珍しくブログで世界に向けてイライラを放とうと思います。僕の放ったストレスで気分を悪くした方がいたら、申し訳ございません。今のうちに謝っておきます。

 

世の中、見た目で人を判断して、それで見下してくる人っていますよね。あ~コイツ気が弱そうだからちょっかいかけたろうかな!とか思ってるんでしょうかね。ありますとも、そういう出来事。

 

僕が小2の時でした。当時の僕は転校して知らない学校に通うことになりました。ある日僕は、転校先の学校への道のりの確認のために親と一緒に自宅から学校へと歩いていました(たしか初登校の3日前だったはず)。

 

15分ほど歩いたとき、目の前をおそらく上級生であろう男子生徒が歩いているのを見ました。その風貌はいかにもガキ大将といったような見た目だったのを覚えています。骨太のガッチリした体形、性格の悪そうな目つき、いかにも田舎のクソみてえな不良少年になる未来が見えました。

 

今だったらそんな奴と絶対に目も合わせたくないのですが、当時の僕は違いました。気になるものはつい目に入れたくなる質だったのです。ついぼ~っとそのガキ大将を凝視してしまったのです。

 

ガキ大将と目があいました。おそらく(転校生である)僕を見て「よそ者だし威嚇でもしてやろうか」とでも思ったんでしょうね。僕は、すれ違いざまに足を引っかけられて転ばされてしまいました。

 

正直何が起こったかよくわかりませんでした。だって知らないやつ(しかも僕下級生でした...)に突然転ばされたんですから、ふつうやらないよそんなこと!

 

あと、嬉しそうにガキ大将が笑っていたのを覚えています。ひでえよ、こっちはまったくの無警戒だったうえに身長も30cmくらい違っていたんだ(僕は昔から身長が1番前だった)、喜ぶなよ、弱い者いじめして笑うのってめっちゃダサいぞ。

 

それ以降、質の悪い不良に絡まれることが時々あるのです(不良ばっかの学校に通うことにならなかったのは不幸中の幸いかも)。

 

高校生の時も、信号機のボタンを押そうとしただけで「コラテメエなんで押すんじゃナメとんのか!」と、隣で同じようにボタンを押そうとしてた男子生徒に絡まれたことがある。確かに、その男の子に気づかずにボタンを押した僕にも非はあるのかもしれない(偶然チャリに乗ってた僕が横からボタンを押す形になってしまってはいた)。

 

だとしてもそりゃあないでしょう。なんでボタン一つで怒られにゃならんのだ。しかもそうやって絡んでくる人間って、頭の悪そうで下品な顔をした奴しかいない。顔面は性格に比例して醜くなるのかもしれない。

 

ただ悲しいことに、僕はそういう不良に絡まれた際、いつもペコペコしてなるべく穏便に事を済ませようと不満を押し殺して我慢する(なんでこんなやつらの機嫌を取らなきゃいけないのだ)。腕っぷしの弱い僕はこういうとき無力である。別に喧嘩をすればいいというわけじゃないけど...(喧嘩はダメ!危ないから)。

 

なんでヤンチャな人に嫌がらせだったり絡まれがちなのか、考えてみるとひとつの解が浮かんだ。見た目や雰囲気がいかにも弱そうな人間だからだ。身長は160cmにも満たず、自信なさげな表情、人の顔色を疑うような目、そりゃあ虐められるし舐められる。もし僕が逆上して殴りかかったとしても負けない、と思っているのだ。ひどっ!!

 

よくいじめられる側に原因はないとかいうけれど、そんなことはない気がする(もちろん、虐められている子に罪はない!)。やっぱり虐められる人ってそれなりに虐められやすい雰囲気やオーラをまとってると思う。そのオーラを嗅ぎ取っていじめっ子は虐めるターゲットを見つけるのだ。質が悪いやつらだ。

 

そんなこともあってか僕はいかにも不良っぽい人やチャラチャラしてる人間が嫌いだ。あのデカい態度だったり、群れてたむろする姿を見ると虫唾が走る。唾はいてやろうかな(絶対無理!)。

 

僕は基本的に人の顔色うかがって過ごしてきた気の小さい人間であるせいか、彼らの「俺様」感を感じるとイライラしてしょうがない。お前らのような態度と体だけデカいやつらは地下鉄に乗るな。邪魔でしょうがない。

 

しかも大抵いつも楽しそうに大声で喋っている、女の子も連れている(これは悔しい)、僕の持ってない自身やガールフレンドを持っているのだ。なんであんな奴らが僕の持っていない物を持ってるんだ、気に入らん!

 

その2点に関しては僕よりもちょっと上手なのだ。だからこそせめてもうちょっと公の場では配慮のある行動を心掛けてほしい。じゃないとなんだかみじめに感じてしまう、僕自身を。

 

ユーミンの卒業写真

僕はどうも音楽の趣味が同年代の人たちと比べるとちょっと違う。スピッツキリンジストレイテナーミスターチルドレン、オアシスなど。2000年生まれにしてはちょっと古めなのが特徴である。

 

僕が中学1年生の夏に周りの子たちとの趣向の違いを感じた出来事がある。

 

僕たちは、宿泊研修の際に歌う歌を決めねばならなかった。先生があらかじめ歌う曲の候補を3つに絞っており、その中から1つを多数決で決めようということだった。

 

曲はこの3つ。

 

1:蕾 (コブクロ

2:桜 (森山直太朗

3:卒業写真 (松任谷由実

 

今思えば謎の文化だと思うが、先生は僕たち生徒を机に目を伏せるように促した。そして歌いたい曲の名前が上がったら挙手させた。でも、この文化って僕みたいに人に見られていると素直に意見を言えない人間からしたらありがたい。

 

僕は先生が「卒業写真がいいと思う人は手上げてー」といったのを聞いて、挙手した。

 

多数決の結果、「コブクロの蕾」を歌うことになった。ちょっと残念だったけど、なんとなく僕の意見は通らない気はしていた。

 

この時はこの投票に対して深い印象も何もなかったから、すぐに忘れる出来事になるはずだった。だが、後にある事実を知り、僕はこの投票が忘れられぬ出来事となる。

 

ある事実を知ったのは、1学期の三者面談のことであった。

 

面談は、テストの成績や学校生活での様子、あと僕はクラスメイトに針であごにできたニキビを刺されそうになった出来事があったので、それについての話をして終わるはずであった。

 

だが先生から投票の結果についてのある話を聞かされた。

 

どうやら「卒業写真」に挙手をしたのは僕だけだったというのだ。

 

先生から珍しいねと言われた(別に深い意味などは全くなかったと思う)。

 

さっき言った通り卒業写真が投票で一位にはならないだろうとは思っていたものの、まさか賛同者が誰一人いなかったとは、僕は衝撃を受けた。

 

それに付随するかのように、今までちょっと人とはずれている趣味を持っていたことに関するエピソードが頭に浮かんだ。

 

クラスで僕以外誰一人ロックマンをやってなかったこと、背伸びしてコーヒーを飲んでいたのが僕だけだったこと。趣味という観点において僕は周りの人と比べて個性的だった。

 

歌の投票は、僕の趣味趣向がちょっとずれていることの裏付けのように感じられた。

 

恥ずかしいのだけれど、自分一人だったということのショックを受けると同時に、「僕一人だけがあの曲に投票していた」ということに特別感を感じていた。みんなとは、大衆とは違うのだぞ、と。

 

思春期にそんな体験をしてしまったせいだろうか、高校、大学と上がっていく間に、周りのみんながハマっていたであろう音楽にほとんど興味を持とうとせずにして生きてしまった。(お恥ずかしながら「ドライフラワー」はリリース後半年以上たってから初めて聴いた)

 

今思えば、小さなころから他人の意見に従ったりして自主性に乏しい性格だった僕は、せめて趣味だけは個性的でありたかったのかもしれない。だから、流行りに乗ろうとはしなかった。

 

時に周りになじめなくなってしまうのではないかと気にしたこともあったけれど。気が付けば、あまのじゃくな趣味が僕を僕らしくさせてくれる一つの特徴になっていた。

 

それに、僕が過ごしていく中で出会えた友人たちの趣味趣向もそれぞれ様々だった。すんごい古い曲を知っている人、サッカーを見に遠征する人、女児アニメが好きなのをずっと隠してた人もいた(珍しすぎるわ)。

 

自分を趣味を否定しちゃならない。そんな気がする。時には人に教えるべきじゃない趣味(ギャンブルとか)もあるのだろうけど、その否定はしちゃいけない。自分らしさと趣向は深いかかわりがあるような気がしているから。

スピッツは最高です

みなさんはスピッツというバンドはご存じですか?

 

「チェリー」や「空も飛べるはず」、「ロビンソン」といった代表曲を持つバンドです!他にも朝ドラの主題歌「優しいあの子」などが有名ですね!

 

今日は僕の好きなバンドであるスピッツについて語らせていただきたいと思います。いつも暗い話題や失敗談が多いので、たまには好きなことについて語らせてください!

 

ただ、人間は好きなものについて語ってしまうと話が長くなる傾向にあります。長くなるのは嫌なので、僕的に好きなポイントを2つにまとめて記したいと思います。

 

1つめは「歌詞がつくりだす世界観」です。

 

スピッツの作詞は主にボーカルの草野マサムネさんが行っています。余談ですけど、作曲は草野さんが行っているように思われがちですが、すべての曲を草野さんがやっているわけではありません。もしかしたら意外かも?

 

スピッツの歌詞、ということですが、皆さんはスピッツの「チェリー」をご存じですか?もし知っていらしたらAメロを思い出してみてください。「君を忘れない~、曲がりくねった道を行く~」ってやつです!

 

君を忘れない 曲がりくねった道を行く

生まれたての太陽と 夢を渡る黄色い砂

 

どうでしたか?なかなか意味不明な歌詞だなって感じた方がいらっしゃったのではないでしょうか。でも、メロディにのせて口ずさんでみると、どこか明るいような雰囲気を醸し出しているように思いませんか?

 

この意味不明なのに情景が浮かんでしまう歌詞が僕はとても好きです。詩人だなあって思います。歌詞の意味を考察して楽しんだりできるのもグッドです。

 

2つ目は、「挫折からの復活」です。

 

スピッツって挫折してたん?って首を傾げた方。そうなんです。実はあのスピッツも挫折をしているのです。

 

これを説明するにはまずデビューする前の頃のスピッツについて説明する必要があります。

 

デビュー前のスピッツは「パンクロックのバンド」だったのです。パンクロックとは熱量を前面に押し出し、ゆがんだギターサウンドが特徴なロックのことです。歌詞も社会への抵抗など、とがった感じのものが多いです。

 

パンクロックのスピッツってなかなか想像できないですよね。スピッツといえば透き通る声に爽やかなギターサウンドってイメージが強い方がほとんどだと思います。

 

ですが、スピッツはあるバンドの登場によって衝撃を受けて一時活動休止になります。音楽性も休止後から徐々に変わっていきました。

 

あるバンド、というのが「THE BLUE HEARTS」です。「リンダリンダ」や「情熱の薔薇」が有名ですね。

 

もしかしたら、ブルーハーツがいなければ今のスピッツはなかったのかもしれませんね。なんかそう考えると運命的な何かを感じてしまいます。

 

スピッツのメンバーの皆さんはパンクロックをやりたかったらしいのですが、挫折をした結果、違う系統の音楽に舵を切ったようです。

 

ですが、スピッツの中ではロックに対するあこがれだったり、情熱はまだまだ燃えているようでして、スピッツの曲の中にはロック調の曲がいくつか存在しているのがわかります。

 

youtubeで公式からMVが出ている曲でいえば、「メモリーズ」や「1987→」がロックな感じでカッコいいです。

 

また「1987→」ですが、どうやらこの曲は過去のスピッツについて振り返っているような歌詞が随所に見受けられる曲なのです。(ちなみにスピッツの結成年は1987年らしいです)

 

1番の歌詞がこちら

 

なんかありそうな気がしてさ 浮かれた祭りの外へ
ギリヤバめのハコ探して カッコつけて歩いた
らしくない自分になりたい 不思議な歌を作りたい
似たような犬が狼ぶって 鳴らし始めた音
それは今も続いてる 泥にまみれても
美しすぎる君の ハートを汚してる
 
なんだか僕は、「向いてないかもしれないけど、パンクロックやってやるぜ!」みたいな雰囲気の歌詞に聞こえてならないのです。特に「らしくない自分になりたい」とか「似たような犬が狼ぶって」のところとか特にそう感じます。
 
僕も地味で頼りない自分が嫌でしょうがない時期がありました。そんなときにこの歌を聴いて、スピッツにもこんな時代があったんだなあ、としみじみした記憶があります。
 
挫折しつつも、かつての熱いハートは変わらずに今も挑戦を続けているスピッツの皆さん。尊敬しちゃいます。
 
本当はもっと語りたいのですが今日はここまで!
これをみてスピッツに興味を持ってくださった方、スピッツがより一層好きになってくださった方がいてくれたらとてもうれしく思います。
 
スピッツは僕の人生には欠かせない大きな支えです。お体に気をつけてお過ごしください。応援しています。
敬具
 
 
ちなみに、スピッツのインディーズ時代の映像がyoutubeに上がってます(非公式ですけど)。パンクなスピッツが気になる方はぜひ見てみてください笑
 

自分を出せぃ!

僕が大学3年の冬、飲み会に行った時の出来事である。飲み会のメンバーは僕を含めて6人。男子3名、女子3名での構成であった。ちなみに部活の知り合いと学校の友達だ。

 

僕はバイトがあったので、2次会からの参加であった。僕が到着すると、すでに何名かは出来上がっていた。

 

人は酔っぱらうと気が大きくなる。ぶっちゃけたトークや悩み事、恋愛の話は酔っぱらったときに話題に上がりやすいような気がする。だからこそ、酔っぱらったときの会話は怖い。余計な一言や思ってもみなかった感情を吐露してしまいそうで不安だ。

 

人の心の中には、きっと触れてもいい場所と触れてほしくない場所の二つの領域がある。酔うと、その心のテリトリーが曖昧になってゆく。だから人に打ち明け話ができたりする。それは、心の隠したかった部分を人にさらしやすくなるからなのだ。

 

ここまでが前置き。長くなりそうなので実際にあった出来事を話します。

 

僕は二次会から参加だったので、1次会から参加のみんなに合わせるためにとりあえずビールをグビグビと飲んだ。ワインも飲んだ。当然すぐ酔っぱらった。

 

自分は酔っぱらうとすぐに顔が赤くなる。だからみんなもすぐに僕が酔っていることに気づく。酔っていることがわかると踏み込んだ話をされやすい。

 

顔が真っ赤になった僕に対して友人はこう聞いてきた。

 

「いつも大人数でいるときニコニコしてるけどさ、ストレスとかたまんないの?」

 

氷のぼっこ(棒)をおでこにつけられたような、そんな感じだった。突然の質問。しかも図星、自分が気にしていることを正確に突かれた。僕は人といると「ええかっこしい」になるのだ。つい人におごっちゃったり、人に対していつも以上に肯定的になる。

 

酔ってフワフワした頭でどう返すか迷った。正直に「たまるよ」っていうか、いつものように「そんなことないよ」って言うべきか。でも、その時の僕は酔ってたから正直だった。心のウインドウの「たまるよ」にカーソルを合わせて左クリックした。

 

ついでにちょっとした悩みも打ち明けた。悩みの内容は皆さんには言わない。皆さんは僕の隠したいテリトリーに連れてってあげられないのです。申し訳ない。

 

友人たちは相談を聞きつつも僕にやさしい言葉や労いの言葉をかけてくれた。酔っぱらっているときの人は気分がいい。人にやさしくなれる(別に飲み会にいた友人たちが普段は意地悪な人って訳じゃないよ!!)。

 

自分がちょっと無理していることがばれていたことにびっくりした。人って良く自分のことを見ているんだなあと感心した。

 

そういえば中学生の時に友達(飲み会とは別の子)に「○○ちゃん(僕の愛称)って愛想笑いがうまいよな!」って言われたのを思い出した。

 

上手な愛想笑いらしい。ばれてんのに上手ってなんか矛盾してね?って思いつつも愛想笑いした記憶がある。それを見てやっぱうまいよって言われた。全然うまくないじゃねえか!!友人に悪意がなかったので全然気にしなかったけど、今思えばそんな昔からニコニコする癖がついてたらしい。

 

やっぱり自分の心に素直に従って行動したほうがいいんだと再確認した。体裁や周りを気にした行動は人にばれるし、ストレスをためる。それならばいっそ愛想笑いなどせずに自分らしく動くのがずっと楽だ。普通の人は。

 

僕はどうしても周囲の反応や体裁を気にする。これはもう胸に沁みついた癖だ。今まで生きてきた中で正直になれた場面がたくさんあったなら、今の僕はないかもしれない。そう言っていいほどに、僕は「気にしがち野郎」だ。

 

愛想笑いが周りの気を使った行動だったのなら幾分かいい。だが僕はちがう、自分に気を使ったうえでの愛想笑いなのだ。みんなに嫌われぬよう、みんなの中に溶け込めるように笑う。みんなが笑っているから僕も笑う。そうして集団になじんだと錯覚させて安心する。ここにいても良いのだという安心感が欲しい。

 

そんな僕に早いとこオサラバしたい。今日の話の中に出てきた飲み会でその一歩を踏めた気がする。飾らず、ありのままの自分を受け入れてもらうのは心地いい。受け入れてもらえないかどうか不安ではある。

 

けれど、その不安を超えた先に本当の自分の居場所がある。そんな気がしている。

僕の心にゴキブリがいた

僕はしょっちゅう人に対して嫉妬する。その対象は友人だったり、全く話したことのない人だったり、道を歩く赤の他人だったりする。

 

初めて人に対して羨ましいという感情を抱いたのは、確か小4の秋だった気がする。

 

毎年10月後半~11月中頃になるとポケモンの新作が発売される。クラス名との大多数(主に男子だが)は発売とほぼ同時にポケモンを購入してもらう。

 

僕は誕生日が11月だったので、いつも誕生日に合わせてポケモンを買ってもらっていた。

 

だが、小4の年、ポケモンは9月に発売された。クラスメイト達がポケモンを購入して、ポケモン談議で盛り上がっている中、僕は早く11月にならないかなーと悩む日が続いた。

 

周りが自分の知らないことを楽しそうに話す姿を見て、見えないひもで胸のあたりを締め付けられるような気持になった。今思えば、あれが初めての嫉妬だったような気がする。

 

僕が嫉妬心を感じるのは、嫉妬の対象の人物が、「僕の持っていないもの」を持っているときである。例えば、小4の時は「僕の持っていないポケモンのゲーム」を所有しているクラスメイトたちに嫉妬したのだ。

 

ここで注意してほしいことがある。僕が嫉妬する対象は、僕の持っていない「物」を持っている人だけではない、僕のもっていない「もの」を持っている人なのである。

 

「もの」は目に見える物質だけを指すわけではない。目に見えないものということもある、例えば「分かり合える友人や恋人」、「自分を誇れる経験」といったものだ。

 

車やパソコンといった「物」を持つ人を羨ましく思うのならまだよい。中には一朝一夕で手に入れることのできない物も存在するけど、自分の欲しい「物」を手に入れることは絶対不可能ではない。

 

だが、目に見えぬもの、お金で買えないものを羨ましく思うことはある。こいつが厄介である。

 

高校生の頃の話だ。クラスの男子は3つのグループに分かれていた。1つは明るくて元気な運動系部活グループ、もう1つは地味めでオタクな人の集うグループ、もう一つはオタクたちほど地味でなければ、やかましいのも好きではないグループ。

 

僕は地味人間なので当然オタクグループであった。こんな書き方をしているので筆者はオタクグループが嫌だったんだろうな、と思う人もいるだろう。確かに満足はしていなかった。だけれどオタクグループはとっても居心地がよくて僕にとっては安寧の場所だった。すごく好きな場所である。

 

話が横道にずれてしまいました。申し訳ない。

 

高校2~3年にかけて僕は運動系部活グループに憧れた。彼らから感じる自信のオーラみたいなもの、もしくは青春を謳歌しているのだ、といった雰囲気に嫉妬していた。

 

居心地のいいグループに属し、面倒な人間関係などなかったのに。そんな場所にいる自分に嫌気がさした。でも、その気持ちが周りにいてくれる友達に対する軽蔑のようにも思えて、自己嫌悪に陥ったりした。

 

僕の「イケてない自分」に対するコンプレックスはここから始まったように思える。

 

「イケてない俺」と「イケている人たち(いわゆるリア充)」を比較する癖がついた。

そうして「イケてる奴ら」に嫉妬するようになった。

 

「イケてる奴ら」は大体、僕にない経験や自信を持っている人たちだ。「僕にない経験」は勝利経験であることが多い。ここでいう勝利経験は、学生時代の恋愛だったり何かに打ち込んだ末に得た輝かしい記録と思ってくれればいい。

 

僕は昔からめんどくさがりだったので何かに長期間夢中になって打ち込めた経験はない。部活でもベンチだったし彼女もいたことはないし、人に舐められっぱなしだし身長もすごく低い(155cm泣)し。

 

そんな自分を振り返り嫌になることは多々あった。そのたびに街を自信ありげに歩く同年代の若者たちを見て嫉妬した。「あいつらは俺と違うんだろな」ってすれ違う時に思っていた。その人の見た目しか知らないのにそう決めつけた。

 

そういう「嫉妬癖」が身についてしまっていた。

 

だが、3年くらい前のことだった。あるときふっと僕自身の「嫉妬癖」について気が付いた。「なんかいっつも比較してないか?嫉妬深いぞ、俺よ」と。それまで僕は嫉妬心に対してみて見ぬふりをしていたのかもしれない。

 

それに気づいてから、この「嫉妬癖」はあらゆるところで出てくることが分かった。地下鉄のホーム、学校の講義室、バイト先などだ。こいつは僕の頭ん中に住んでいた。

 

そして僕の視覚や聴覚をジャックしている。嫉妬対象の姿や声を知覚すると、僕の頭にひょっこりと現れては「いいなあ!妬ましいねえ!」って信号を送ってくる。なんてやつだ。

 

僕は今、この「頭の中の嫉妬虫」を駆除すべく悩んでいる。嫉妬という感情は人に対する純粋な評価を下す際に邪魔をしてくる。時にプライドに語り掛けてきてうっとうしい。

 

おそらく完全にこの虫を駆除できないだろう。何しろこいつは10年以上僕の頭に住み着いている。虫の住みかとなってしまっている。

 

これを読んでる方の中にも「嫉妬虫」と同棲してしまっている方はいるかもしれない。この虫の存在は意外と気づけない。それほど自然に人の頭に住み着く。小さな嫉妬が積み重なって大きな嫉妬につながる。1匹いるなら100匹いると思ってください。ゴキブリのように。

 

よく言われているが、ゴキブリは汚い部屋に表れやすいという。僕の頭もそうだ。失敗の記憶が山積でや低い自己肯定感でグラグラしてる床で、じめじめとして暗い部屋のような心の持ち主である。

 

ゴキブリを減らすには部屋を掃除して清潔にするしかない。つまり心の掃除をするのだ。掃除法といっても様々ある。例えば人に悩みを打ち明けてすっきりすることだったり、自分を受け入れることが心の掃除に当てはまる(と本で読みました)。

 

心の掃除のすすめ。なんて健康的な響きだろう。